礼拝メッセージ
2004年2月1日

「教  会」
コリント人への手紙 第一 12章12-30節

聖書日課通りに聖書箇所を選ぶと、今日の教会についての箇所が先週で、先週の愛の賜物についてが今週なのですが、先週聖霊の賜物の話の続きとして、愛について話したかったので代えたのですが、不思議な神様の導きでしょうか、教会総会の日に教会についてのメッセージをすることになりました。

教会は聖人の集まり?

  教会は聖人の集まりだけど、聖人の集まりとは程遠い集団に見えるはずです。このなぞなぞのような言葉の意味は以下の通りです。
  キリストを受け入れた者の罪を、神様は一方的に赦してくれます。神様は罪ある私たちをまったく罪のない者として、神様の聖なる性質をもった者として扱ってくださいます。ですから罪を認めて、キリストを受け入れた者は全て聖なる人です。

  私たちがこの地上に生きている限り、キリストを受け入れても、私たちは完全完璧な人間にはなりません。キリストにより私たちは変えられていき、成長していくのですが、私たちが完全完璧に罪のない、聖なる性質を受け継げるのは神の国に入ってからです。ですからクリスチャンはこの地上にいる間は程度の差はあれ、みな聖なる性質への成長過程にいますが、神様は一方的に罪のない聖なる者として認めてくれます。

神様の国って何?

  御国(みくに)とか、神の王国とか呼ばれるものです。これは完全に神様が支配する国です。私たちに与えられる永遠の命とは、この地上での生涯を終えた時に私たちのそれぞれの魂がこの国に入り、新しい体を受けて永遠に生きることを意味しています。神様は私たちをイエス様の弟、妹の存在として、つまり神様の子供として迎え入れてくれます。

教会はこの神様の国のミニチュア版のようなもの

   私たちの地上では人のいる限り、いつの時代もどの場所でも、程度の差はあるけれど罪があり混沌としています。そんな中で神様の支配する場所、集団として教会があるべきです。教会に集まる一人一人が主に全てをささげて、主に支配されることを望むのならば、教会はこの地上で主の支配する場所、集団になります。

注:神様の支配とは何か
  支配という言葉を聞くと、恐れを感じると思いますが、それは普通私たちの世界で支配と言うと、力のある者が自分の思いのままに治めることを意味していて、ほとんどの場合それは支配している者の益になるようになっているからです。
  私たちの神様の支配とは、私たちに仕えてくださる神様の支配です。私たちのために命をかけてくださる方の支配です。普通の支配のイメージは君主が上に立ちます。でも私たちの神様の支配のイメージは主が私たちの下に立ちます。しかもその手足には私たちのために刺し通された釘の跡があります。

この支配を受けるために私たちは何をするのか

  1. 神様の命令に従っていくということです。そのためには神様の言葉をよく学ばなくてはいけません。私たちは勘違いが多いので、神様は本当に何を求めているのかを知るために神様の言葉をよく学びましょう。

  2. 神様につながりましょう。祈り、礼拝への参加、その他の集会への参加などを通して神様につながろう。

  3. 自分の肉の欲を意志によって捧げよう。神様の命令に従いたいけど、従えない時があるのが人間です。もし聞くだけで従えたら、イエス様は私たちのために死ぬ必要はありませんでした。イエス様が十字架に架かって死んでくださり、私たちの罪が赦され、聖なる者とされて、聖霊を受けることができるようになりました。私たちが肉の欲を意志によって捧げるのならば、聖霊なる神様が私たちに力を与えて、命令に従えるように力をくれます。

もう一度話を教会に戻すと

今日の聖書箇所では教会を人の体にたとえています。私たちはそれぞれ色々な賜物が与えられています。その賜物にしたがって、神様はそれぞれに役目を与えます。それぞれにいいところがあれば、それぞれに弱いところもあります。そこでお互いが助け合い、この地上に神様の国のミニチュア版を作っていきましょう。

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