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礼拝メッセージ
2004年4月11日
「
イースター・メッセージ
」
ヨハネの福音書20章1-19節
十字架刑はとてもむごかったが、深い意味のあるものだった
イエス様の十字架での死は、 Passover( 過ぎ越し ) の子羊と重なるものでした。
Passover の子羊とは、ユダヤ人がエジプトでの奴隷生活から開放される時に、各ユダヤ人の家庭の初子の命の身代わりとして、傷のない子羊をほふって食事したものです。 (旧約聖書 出エジプト記11-12章参照)
この Passover を記念する日に、イエス様は十字架に架かり死にました。これは偶然の出来事ではなく、イエス様が身代わりとして死んだことを現わしていました。私達一人一人の身代わりとして死んだのです。
三日目の復活は本当にあったのか
これを否定してしまったら、聖書を否定することになります。
イエス様の弟子達は命を懸けて、この復活したイエス様を述べ伝えました。彼らは復活を見たからこそ命を懸けることができたのでしょう。
現在も多くのクリスチャンが、イエス様が復活したことに希望を置き、体験的に信じています。私達は確かにこの目では見ていませんが、信じて生活してきた中で、確かにイエスは今も生きていると確信できるようになっています。
復活の意味 (三つのことを確信できるようにした)
イエスは救い主だということを、私達が確信できるようにした。
神様は命をも支配できる方であることを、私達が確信できるようにした。
信じる者は、イエス様と同じように復活することを、私達が確信できるようにした。
神様は私達に今、何を求めているのか
「私の父、またあなたがたの父、私の神、またあなたがたの神」 (17節)
神様は私達の父になる。親しい関係になる。悩む人はこの父に聞くことができます。喜ぶ人はこの父によって、喜びが増し加わります。不完全な人はこの父によって成長できます
。
この父は私達を愛する、憐れみ深い方で、私達を祝福したくてしかたがない方です。
今日、私達はこの方を父と呼び、この方のもとに帰りませんか。 |