礼拝メッセージ
2004年6月6日

「信仰義認・希望は失望に変わらない」
ローマ人への手紙5章1-5節

信仰義認:人は、信仰によって、神様に義と認められる
信仰とは:自分は神様の前にあっては、正しくない者であり、本来永遠に生きる資格のない者だが、私の罪のために救い主イエスが十字架に架かり、私の罪の結果を身代わりとして受けてくれたことを信じることです。
義と認められるとは:神様の前にあって、正しい者、永遠に生きる資格のある者と認められることです。

人が救いを受けて、永遠の命を受けるのは、その人が立派だからでも、正しい人だからでも、何かに優れている人だからでもなく、信仰を持ったからです。 ですから、本当に誰でも救いを受けることができます。

新しい保護者のような存在と、新しい喜び
信仰を持った時から、私たちは神様の子供とされます。この地上での親は、時が来たときに親離れしなくてはいけませんが、神様にはいつもつながっているように、信頼して生きるように教えられています。私たちの生活の中に、新しく大きな存在になるわけです。
私たちは、それぞれの価値観の中で喜びがあるのですが、信仰を持つと神様によって新しい喜びが与えられます。

神様によって与えられる、新しい喜び
神様自身が喜び。やがて入る、神様の国に対する喜び。この地上で与えられている祝福に対する喜び。 さらにこの地上での患難さえも喜べます。なぜならば、患難を通して私たちの人格が成長して、やがて患難の中にあっても、希望を持つことができるようになるからです。

注:無理に患難を喜ぶことはありません。人は苦しい時は苦しいです。しかし、神様を見上げて、信頼して歩んでいれば、必ず希望が与えられるようになります。その時に神様からの喜びが、与えられます。 そして、そんなことを繰り返しているうちに、私たちは苦しみの時でも、患難さえをも喜べるようになります。なぜならば、神様にまったく信頼できるようになり、すぐに希望を見出すことができるようになるからです。そして重大なことは、神様が私たちを愛していることを知るからです。苦しい時に神様を見上げていると、必ず、聖霊によって、神様の愛が分るようになります。

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