礼拝メッセージ
2004年8月15日

「愚かな金持ちのたとえ」
ルカの福音書12章13-21節

イエス様が群集に神様のことを語っていた時、一人の男性がイエス様に「自分の兄弟が遺産を分けるように兄弟と話してください」と願いでました。私の想像ですが、おそらくこの人はイエス様の話を聞いて感動したのでしょう。「このようにすばらしい方ならば、きっとわたしの状況を理解してくれるだろう。私にはどうしてもあの遺産の分け前が必要で、私にはちゃんとした言い分もあるのだから、あの方なら私の状況を理解して、私の兄弟を説得してくれるだろう」、と思ったのでしょう。

イエス様はこの人に対して、「私は裁判官でも、調停者でもない」と断り、今度はその人に対してだけではなく、弟子達も含めて全ての人達に「あらゆる貪欲に注意するように、なぜならば人の命は財産にあるのではないから」と話し、愚かな金持ちのたとえ話をしました。人の命は財産にあるのではないと言うのは、人の命は神様のもとにあるということです。

たとえ話の内容
一人の金持ちの畑がある年に豊作でした。その男は自分の農作物、財産を大きな倉にしまって、当分遊んでくらそうと考えたのですが、その日に神様がその男の子の地上での命を取ってしまったら、どうなるだろうとも考えました。

このたとえ話からおきやすい誤解

  1. お金持ちはよくないこと? そうではありません。お金持ちはよくないことではありません。聖書の中では神様の祝福によって財産を得た人が何人もでてきます。箴言の 3 章 9-10 節では収穫物と、財産で主をあがめるならば、主はその人の倉を豊かにするということが書いてあります。お金持ちが悪いのではなくて、「自分のもの」という意識が強すぎて、本当の所有者である神様の存在が忘れられていることに問題がある。財産で主をあがめるべきで、財産を通して主を喜ぶはずが、財産を自分のものとして、財産を喜んでいた。

  2. 貯金をしてはいけないのか? そうではありません。これも箴言になりますが、 6 章 8 節には蟻のことをたとえにして、将来のために貯えることを大切なこととしています。旧約聖書の有名なヨセフの話でも、ヨセフはエジプトの王に貯えて、将来の危機を乗り越えるように教えています。

今日私たちは何をすべきか

  1. 財産が神様よりも大切な存在になってしまっていないか、財産以外でも何かが神様よりも大切な存在になってしまっていないかを確認する。

  2. 神様は私たちに必要なものを備えてくださるという信仰について考えよう。

  3. 神様は私たちを愛し、私たちに財産を与えているのだから、私たちも神様を愛し、財産は本来神様のものであることについて考えよう。

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