礼拝メッセージ
2004年9月5日

「神様の前にいる私」
ルカの福音書14章7-14節

今日は謙遜について考えてみましょう。
私はよく自分を偉く見せようとしている事に気付くことがあります。その時は決まって「嫌な感じ」がします。なぜ嫌かと言うと、それは「いい思い」から来ているのではなくて、「見栄っ張り」、「虚栄心」と言われるべき心だと思えるからです。そんな時、私は自分が謙遜とはかけ離れた存在だと分かります。皆さんもそんな経験はないでしょうか?

謙遜と卑下の違い ( 国語辞典では )
謙遜:いばったりしないで、控えめにすること。
卑下:自分で自分を値打ちのない、いやしいものだとへりくだること。
  聖書では自分を卑下しろとは教えていませんが、謙遜でありなさいと教えています。

神様を知ると、本当の自分の姿を知り、謙遜を知れる
私たちを創造した方を知って、私たちがどのような存在として創造されたかを知ると、私たちがどのような存在なのかが分かってきます。

神様の前にいる私は : 小さい者。力のない者。愛のない者。きよくない者。

  • 私たちはこのことが分かっても、謙遜になることはできないと思います。どちらかと言うと、卑下するようになるのではないでしょうか。神様が私たちをどのように見ているかを知る必要があると思います。 (神様の住んでいる所、神様と私たちが顔と顔を合わせる所)

神様は私たちをどのように見ているか : 尊い者。愛する者。受け入れている者。助けたい者。

  • 私たちは このことを知ると、私たちは確かに小さな存在ではあるけれど、卑しい存在ではないことが分かります。そして、謙遜になることができるでしょう。
  • さらに私たちは、力のない存在ではあるけれど、力が与えられ、愛のない存在だけれども、愛のある者に変えられます。

私たちは神様の愛を体験して、受け止めなくては、このような謙遜さを得ることはできないはずです。神様の愛を体験するためには、神様との関係をしっかりと持たなくては始まりません。神様とあなたとの関係は今、どのような状態ですか。

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