礼拝メッセージ
2004年10月24日

「悔い改め、義、低くする」
ルカの福音書18章9-14節

悔い改め
今回は悔い改めについて、「自分にスポットライト人間」と「神様にスポットライト人間」という言葉で考えていきます。
今日のたとえ話に出てくる、最初の人は「自分にスポットライト人間」です。自分に注目していて、自分がどんな人間であるかを祈り、自分が何をしているかを神様に伝えました。
次に出てきた人は「神様にスポットライト人間」です。神様に注目していて、その結果自分は神様の前に出るにはふさわしくない者だと思い、神様のあわれみを求めました。

悔い改めるとは、「神様にスポットライト人間」になることから始まります。私たちは自分を見つめて、自分のことを主張したくなる性質がありますが、神様を見つめて、神様の価値観に合わせて自分を見つめると、自分の弱い部分、間違っている部分、失敗に気がつくはずです。悔い改めるとは、そのような「罪」を認めて、神様の教えを守るようにすることです。

義と認められる (14節)
神様に「罪のない者」、「正しい者」として認められることを「義と認められる」と言います。イエス様によって与えられた、義と認められるための条件というのは、非常に単純ものでした。良い行いをするとか、神様 ( あるいは教会 ) に色々なものを捧げるのではなくて、悔い改めて、神様のあわれみに自分をゆだねることです。

自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされる
高ぶって傲慢になり、自分のことばかり主張する者は、神様によって低い存在にされるが、自分をわきまえて、神様の前に価値の低い者として出てくる者は神様によって高くされるということです。自分を低くする者の一番の例がイエス様です。イエス様は神であるのに、私たちが義と認められるために、十字架に架かりました。私たちがどれだけ自分を低くしても、さらに低いところにイエス様がいます。

神様にスポットライト人間
神様にスポットライトをあてる者は、神様にその何倍もの大きなライトで照らされると言えるでしょう。神様は私たちを照らし、私たちを義と認めるだけではなく、多くの祝福をもって私たちの人生を導き、最後には神の国に入れてくださいます。

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