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礼拝メッセージ
2004年12月12日
「ともにおられる」
マタイの福音書1章18-25節
マリヤとヨセフは神様に選ばれて
二人は救い主の降誕という大切なできごとに関わることになりました。救い主の降誕に関わるのだから、特別に多くの高価なもの、最新の医療システム、周りからの大きな期待と祝福が用意されていたわけではありませんでした。だからと言って、二人が不幸だったかというと、決してそうではなかったと思います。二人は神様の大切な働きに参加できたことを喜び、必要なものが与えられることを感謝したと思います。
マリヤとヨセフは神様に選ばれて
二人は救い主の降誕という大切なできごとに関わることになりました。救い主の降誕に関わるのだから、特別に多くの高価なもの、最新の医療システム、周りからの大きな期待と祝福が用意されていたわけではありませんでした。だからと言って、二人が不幸だったかというと、決してそうではなかったと思います。二人は神様の大切な働きに参加できたことを喜び、必要なものが与えられることを感謝したと思います。
何を大切なものとするか?
二人は物質や、周りの人からの評価ではなく、神様から受けるものを大切なものとしました。私達はそれぞれ何を大切にしているでしょうか。
ヨセフの夢の中に天使が現れた
ヨセフは悩んでいました。その時、神様は特別な方法でやるべきことを教えてくれました。私達も神様から特別な方法で教えられることがあります。悩んでいる人は一度、エレミヤ書 29 章 11 - 13 節を読んでみてください。熱心に神様を求めるのならば、神様は必ず答えてくださいます。
神は私達とともにおられる
今の時代の私達とも肉体をもって一緒にいてくれるのならば分かり易いのですが、現在神様は聖霊によって私達と共にいます。
神様が共にいると言っても、私にはどうにも分からないという時が多いと思います。そこで大切なのは認める信仰です。神様は共にいると約束しているのだから、それを信じて、「神様あなたはここにいます」と認めることです。
「神様、私と共にいてください」と願うのではなくて、「神様、あなたは私と共にいます」と認めることが大切です。
神様は個人的な関係を持てる神様であって、私達と共にいることを望んでいる方です。まず神様の方が私達と共にいることを望んでいるのです。
この方が共にいるので、共に喜び、嘆くこともあり、または困難を乗り越えていくことができたり、神様の平安を受けることができるのです。 |