礼拝メッセージ
2004年12月26日

「年末年始のメッセージ Part 1」
ヤコブの手紙2章14-17節

信じるだけで救われる〈信仰義認〉ガラテヤ 2 章 16 節参照
聖書では私達がイエスキリストを神の子、救い主として信じるだけで救われると繰り返し教えています。このことが私達には分かりにくいことだから、繰り返し教えているのでしょう。

今日の聖書箇所では
「信仰も、行ないがなかったなら、それだけでは、死んだものです」と教えています。今日の聖書箇所と、繰り返し教えられている「信じるだけで救われる」というのは矛盾しているように思えるかもしれませんが、そうではありません。

  1. ガラテヤ人への手紙を書いたパウロは、ユダヤ人に与えられた律法の教え〈現在私達が旧約聖書と呼んでいるものに書かれているもの〉を守らなくては、救いを受けることができないと言っている人たちに向けて、「そうではない」と教えるために書きました。「割礼を受けなくては、食事規定を守らなくては、安息日規定を守らなくては救われない」と言っている人たちに、私達は信仰によって救われると教えたのです。
  2. 今日の聖書箇所でヤコブさんは「自分は悔い改めた、イエスキリストを信じた」と言いつつも、明らかに愛のない行動をとっている人たちに向けて、「それでは愛の神様を信じているとは言えませんね」と教えるためのものです。
  3. パウロは信じたことによって、その人はキリストの側についた者で、クリスチャンだと知ってくださいと伝えた。ヤコブはキリストの側についているのならば、そのことを現わそうと伝えている。
  4. 両方が通じ合うはずです。まず神様に愛されていることを知り、信じます。信じるということは、その愛に応えて神様を愛することです。神様を愛するならば、そのことが行動にも現れるはずです。

パウロの書いたエペソ人への手紙2章8-10節は両方を教えている

私は口先だけの信仰になっていないか
今日はそのことを自分自身に問いかける時を持ちたいと思います。

  1. まず私が神様にどう愛されていることを知り、その愛を持って身近な人を愛しているかを考えよう。私は色々な短所も含めて受け入れられている。私の幸せを願われている。私のためにイエス様が捧げられている。
  2. 身近に困っている人がいる時に、その人を助ける行動が取れているか。今日の聖書箇所では、「兄弟または姉妹」と言っています。これは神様を信じた者、つまり神様にある家族の者のことを言っています。

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