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礼拝メッセージ
2005年1月30日
「なぜ苦難と悪があるのか」
マルコの福音書
15章33-39節
後藤喜恵さんが天に召されたので前回は「痛む時」ということで、苦難を通して考えられることを話しました。今回はまた同じようなテーマで、同じようなことを話していると思われるかもしれませんが、この苦難について考えることは大切なので、あえて2週連続で行ないます。
1. 私達が出会う苦難は人間の失敗からくるものが多い
病気、災害という私達、人間が原因に関わっていない苦難も多くありますが、私達の生活を振り返るとおそらく苦難の多くは人が関わっているでしょう。そして多くの場合、聖書でいう罪が関わっています。人の傲慢さ、自己中心的な考え、他の人への愛の欠如からです。
天地創造の時、人は助け合い、愛し合い神と共に幸せな人生を歩むはずだったのが、罪を選んでしまい、その結果多くの苦難がうまれた。(ヤコブ1章13-15節)
2.
サタンの存在
聖書ではサタンの存在がたびたび出てきます。サタン(悪霊)の目的は私達を神様から引き離し、不幸を与えること。または死をもたらすことです。マルコ 5:1-20 や 9:14-29 に出てくる。現在もこの悪霊の働きはありますが、それを完全に証明できないので、悪霊の話をするとよく怪しまれますが、今も私達を不幸に陥れようとする霊があることに注意すべきです。(ヨハネ 10 章 10 節)
3.
なぜ神様は悪を滅ぼさないのか
聖書ではいずれ滅ぼされると書いてあります。第二ペテロ 3 章 9 節では私達が悔い改めるのを待っていると書いてあります。
4.
なぜ苦難があるのか、納得いく説明はないが、信頼できる神様が共にいる
納得いく説明がないから神様を信じることはできないと思うかもしれませんが、ちょっと待ってください。私達は現在生活する中で納得できないけど信頼しているものだってあります。それと同じように、本当に神様が信頼できる方かどうかが問題ではないでしょうか。この神様は私達と共にいると約束しました。そしてそのことが、苦難の中にいる私達へのメッセージです。神様が共にいます。ヨブ記のテーマ。
5.
私達の涙がすべてぬぐい取られる
私達は神の国に入った時に全ての苦難から開放されて、慰められることが約束されている。ローマ8章18節。ヨハネの黙示録 7章16-17節。
今日私達が覚えること
1.
私達が悪から離れること
私達に苦難がやってくることを避けることができないことが多くありますが、少なくとも私達が人に苦難を与えないようにまず自分が悪から離れることを考えましょう。自分が悪から離れることは、必ず神様からの祝福の基になります。
2.
神様を信頼すること
私達には苦難があるが神様を信頼するように招かれている。神様は苦難の中を共に歩むように約束している。第二コリント 4章8-10節
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3.
神様は私達の苦難を知る方、苦難を共にしてくださる方
イエス様の十字架の死はまさに苦難だった。見捨てられ、裏切られ、人の自己中心的な思いのため十字架にかけられました。
イエス様がこの傷を受けたのは、私達の傷をいやすためだと聖書を教えています。イザヤ 53 章 4 節。今現在もイエスキリストを通して神様とつながるといやされますが、私達が神の国に入った時は完全にいやされるという約束があります。
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