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礼拝メッセージ
2005年6月5日
「信仰といやし」
マタイの福音書 9章18-26節
今回の聖書箇所には二つの奇跡が書かれています。そして Key Word は「信仰です」。
会堂管理者の娘の奇跡
会堂とは土曜日に集まって地域の人が礼拝していて、他の日には子供の教育の場所に使われていたり、当時はそこで裁判のようなこともしていたそうです。そこの管理者というのは、礼拝の司式をしたり、聖書朗読をする人を決めたりする人のことで、周りから尊敬されている人で、だいたいの場合、経済的には比較的裕福な人でした。
この人がイエスのもとにやってきて、ひれ伏して「死んだ娘の上に手を置いてください」と願ったわけです。そして、そのようになり、本当に生き返りました。
長血をわずらっていた女性
12 年間その病に苦しんでいました。おそらく社会的にも差別を受け、治療のためにありとあらゆることを試したことでしょう。その人がイエスの着物のふさにでも触れば治ると信じて、本当にそのようになりました。
二人に共通していること
絶望的な状態だった。人も富も頼ることはできなくて、神様を頼るしかない状況だった。
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自分の主張をするのではなく、神様の憐れみを頼ることにしていた。
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イエスを神様から遣わされた特別な方と信じていて、その信仰はゆるがないものだった。
私達も神様の憐れみに信頼して、自分の問題を持っていき祈ってみる必要があるのではないでしょうか。
神様は人に信仰を求めています。疑って祈るのではなくて、信じて祈ることを求めています。
注意すべきこと:問題解決はいつもインスタントではない
ここではとっても分りやすい、その場ですぐの問題解決でした。聖書を読んでいると、このような奇跡によっての問題解決も多くありますが、分りにくい、あるいは時間のかかる解決も多くあります。
いつでも死んだ者が奇跡によって生き返っているわけではありません。ただし、ここで大切なのは、神様は私達のために何でもできるかた、私達の思いをはるかに越えて大きなことをできる方だということを知り、信じることです。
神様は状況を変えることによって問題解決を与えることもあるが、その状況を受け入れて、前に進む力を与えることによって問題解決を与えることもあります。
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