| 礼拝メッセージ 25節では賢い者や、知恵ある者にではなく、幼子たちに救いの福音が現わされたことを言っています。これは、自分が賢い者だと思っている人、知恵ある者だと思っている人にではなくて、素直な気持ちで信じる人に現わされたということではないでしょうか。人は賢いからではなくて、信じたから救いを受けるのです。 27節ではイエス様と、イエス様が「定めた人」だけが父なる神様を知ることができると言っています。ここで「定めた人」とは誰のことを言っているのか、幾つかの意見が出てくるところですが、私は「幼子のように素直にイエスを救い主として受け入れる者」が救いを受けると定められているので、そのような者達のことを言っていると信じています。 「すべて疲れた人、重荷を負っている人は」 「私のところに来なさい。私が休ませてあげよう」 私のくびきは負いやすく、荷は軽い 普通、くびきを負うように言われたら、いやだと思うのですが、イエス様は私のくびきを負うように言っています。ここで大切なのは、くびきが負いやすくて、荷が軽いからだと言ったことです。イエス様が当時パリサイ派と呼ばれていたグループを中心とした宗教界の人たちの教えと、自分に与えられている約束との違いを言っていると思います。当時の人たちは、あのこと、このことをしなくてはいけないと教えてきました。その教えを徹底して守ることによって救われるのだと信じていたのです。一方イエス様によって与えられた約束は、神様の愛に応えて自分のできる限りをして、足らなかった時も、失敗した時も、イエス様の十字架の血によって赦されて、私達が何か神様によって正しいことができたとしたら、あなたは良くやったと神様の祝福を受けるものです。この約束だから、イエス様のくびきは負いやすく、荷は軽く、私達は休むことができます。 |
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