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礼拝メッセージ
2005年11月6日
「神様、隣人、自分を愛す」
マタイの福音書 22章34-46節
第一の教えは
旧約聖書の創世記から始まる初めの5書には613の戒めが書いてあると言われています。この613は数え方によって変わってきますが、とにかく多くの教えがあるわけです。その中で一番大切な教えは何かという問いに、イエス様は「心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ」だと言いました。簡単に言い換えれば、あなたの全てを持って、あなたの神である主を愛せよとなるでしょう。
一つのKey Wordは「あなたの神」です。聖書によって教えられている神様は「あなたの神」と呼ばれる、個人的な関係を持つ神様です。
私の全てをと言っています。私達の生活の中心に神様がいるようにと考えます。
第二の教えは
第一の戒めに続く、第二の戒めは「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」です。神様の教えの全ては、この二つの教えから広がっていると教えました。神様との関係がしっかりしていれば、それでいいわけではなく、自分の身近な人との関係も大切なことになります。
神様の愛は神様からしか来ない(聖霊を受ける)
ここで言う愛するというのは、「好き」という「感情」ではなくて、「私は大切にする」、「私は喜ばせる」という意志のことです。神様は私の全てをかけて愛するように教えていますが、それはイエス様が十字架に架かって示してくれた神様の愛のことを言っています。この愛を私達が持つためには、神様につながらなくてはいけません。神様との間に平和があって、神様の聖霊を受けることが必要になります。
隣人を愛する前に一つ
この聖書箇所では隣人を愛するということに関して、一つ重要な記述が付いています。「自分のように」と言っています。この言葉がついている一つの意味は、私達はすぐに自分に対して甘くなって、「自分かわいさに」何かをしていくから、自分のことだけではなく隣人をということでしょう。でもそれだけではないと思います。私達は時々、自分のことを大切にできないことがあります。これはそれぞれの人によると思いますが、私達は時々自分のことを愛することができないことがあります。このような時には、本当に隣人を愛して、その人に仕えるということができないことが多くなります。
自分を愛するためには、神様の前にいる自分を知る
私達は一人一人が神様の前で大切な存在です。他の人がそうであるように、私も同じように大切な存在であって、神様は私を幸せにしようと祝福したい神様です。この神様に愛されている自分を知ることは、自分を愛するのに大切なことだと思います。 |