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礼拝メッセージ
2005年12月11日
「このクリスマスの時期に」
テモテへの第一の手紙 6章2-10節
イエスの降誕の物語から考える
私達の住んでいる社会では、この降誕を祝う季節に「買い物」が注目を浴びます。何を誰のために買うのか。町で見かける広告も、テレビで見る宣伝もとても高価なものをプレゼントするように勧めていますが、立ち止まって考える時を持ちましょう。
イエスはひっそりと、物質的に裕福ではないところに産まれました。物質的には裕福ではなかったけれど、心から祝ってくれる人たちがいました。天においても、大きな喜びがあったことが天使たちの行動で分ります。
このイエスの降誕が私のためだったということが、大切なメッセージです。私のためにイエスは馬小屋で産まれたのです。
物質的な豊かさについて
聖書で一貫してこのことについて言っているのは、「金持ちになることは悪いことではないが、金持ちになりたがる思いには充分に気をつけよう」だと思います。(参考聖書箇所:出エジプト記20章17節、Iテモテ6章9-10節)
聖書には神様の祝福を受けて富を得た人たちが何人も出てきます。しかし、この人たちだけが神様の祝福を受けた者たちとは言われていません。神様の祝福を受けた者たちの中には、物質的に貧しい人たちもいました。ただその人たちは物質的な祝福を受けていません。
私達に与えられている才能、技術を精一杯だしきることは、動機が間違っていなければ大切です。その結果この社会で富を得る人もいれば、富を得ない人もいます。神様はどちらも重要な人物として見ています。物質的に豊かな者も、豊かでない者も神様を信じて、その言葉に聞き従うならば必要の全てを満たされるという約束がある。(ピリピ4章19節)
満ち足りることを知る(Iテモテ6章6節)
私達の欲は生きている限り果てることのないものだから、神様は私達に充分与えてくれていることを知ることが必要。あるいは、充分に与えられていることを信じることが必要。そうでなければ、私達が苦しむことになる。(Iテモテ6章9節)私達は他人と比較した結果、あるいは自分の考えでは充分ではないと思うかもしれません。そんな時には神様に信頼して充分与えられていると信じるか、神様に必要を満たしてくださるようにお祈りすることが良いでしょう。祈っても与えられなければ、それは必要では無かったと信じるのが良いでしょう。
金持ちへのメッセージ(Iテモテ6章17-19節)
高慢にならにように。私たちは一人一人神様の前に特別なので、お金持ちでも、お金持ちではなくても同じであることを忘れないように。
不確かのものに望みをおかない。この地上の富よりも、天地創造の神様に信頼をおくように。神様に感謝することを忘れないように。私達の力で全てが動いているわけではない。
良いことを行い、喜んで分け与える者になるように。
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