礼拝メッセージ
2006年2月12日

「子とされる」
ヨハネの福音書 1章9-13節

イエスを救い主として受け入れると、罪赦されて永遠の命を受けると聖書は教えています。聖書では実際にはそれだけを教えていないのです。聖書を読んでいくと、私達がキリストにある者になった時、色々なことが起こります。その中の一つが子とされるということです。

神の一人子イエスと、神の子とされたキリストにある者達
イエス様は聖書の中で、失敗がない完全な唯一の人として教えられています。神が人となった方です。人の子は人、蛙の子は蛙のように、神の子は神です。
私達が神様の子になるというのは、神になるということではありません。本当は神様のように完全ではないけれど、神の子と見なされるということです。

子にも色々
神様の子とされても、私達は色々な反応があります。早く神様の力によって変えられていく者、なかなか変えられない者。それでも、私達がイエスを通して神様につながっているのならば神様の子です。教会ではよく「何々兄弟」とか「何々姉妹」と呼びますが、それはイエス様を長男にした私達兄弟姉妹ということです。

親って?
親は子供に対して絶対的な愛情を持つ者と定義したいです。実際にはそうとは思えない事件が新聞によく出るのですが。私の個人的な意見ですが、神様が造った他の被造物からも親が子に絶対的な愛情を持つ者と分ることが多いと思います。大きな問題は私達は絶対的な愛情を持っていても、神様のように完全な親になることはできないということです。
聖書では親の大切な役割として、何が正しいかを教えることが書かれています。(申命記6:6-7)
そして子は親を敬うようにと教えています。(出エジプト記20:12)
礼拝での祈り、仲間との祈祷会などは心を一つにして祈るという、神様が私達に望んでいることで、とても力あるもので大切でが、イエス様は一人で祈っていました。

養子にされる私達?
私達が神様の子とされるという説明をするのに最も適している聖書箇所は、ルカの福音書15章11-32節にある「放蕩息子とその兄」と呼ばれるたとえ話の、放蕩息子についてだと思います。本来神様の子であった私達が神様から離れてしまって、その後悔い改めて、神様のもとに戻っていくと使用人としてではなく、子として迎え入れられるのです。養子として迎え入れられるというイメージが強いのですが、実際にはもともと私達は神様の子として創られていたとも言えます。神様のもとに戻るという表現も使えます。

マタイ7章11節
私達の天の父が自分に何を与えたいのか期待していきましょう。

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