礼拝メッセージ
2006年6月25日

「安息日」
マルコの福音書 2章23-28節

今日の聖書箇所は安息日についてと、律法主義と呼ばれるものの問題点についてです。この聖書箇所から時々勘違いされることがあるので、その部分を最初に説明したいと思います。弟子達が人の麦畑から穂を摘んで食べていたことを差して、私達は時には生活のために小さい盗みをしてもいいと解釈してしまう人がいます。このことに関しては、申命記23章25節を見るべきです。ここでは、人の畑で手で摘むぶんにはいいが、道具を使って収穫をしてはいけないと言っています。聖書にはこう書いてあるのだから、私達もちょっとならば勝手にもらってもいいではないかと考えるかもしれませんが、そうだとは思いません。私達の文化はそれぞれの所有物に対してこだわる傾向があるので、相手の立場にたって考えた時に、やはりいけないと思います。

安息日
安息日は天地創造の時から教えられている大切な教えです。十戒でも4番目の教えとして残っています。そして十戒の中で一番説明文が長い戒めがこの安息日についてです。それはこの教えが人間には分かりにくいからでしょう。安息日についての教えは次の3つにまとめられます。

  1. 人は6日働いたら、7日目を安息日とする。
  2. 安息日は神様を回りの人と共に礼拝する。
  3. 体を休めて、新たな一週間の働きに備える。

パリサイ人が持っていた問題点、律法主義
律法主義と言うのは、これをしてはいけない、これをしなくてはいけないという教えを守ることによって、自分は神様からよしとされると考えることです。律法主義によって安息日を考えると、私達は一切の仕事をしてはいけないのだから、弟子達が畑で穂を摘んだのは、仕事をしていたと考えることができて、してはいけないことだと考えます。
これに対してイエス様が言いたかったことは、安息日は人のために創られたものなのに、自分達でその日を厳しいものとしていて、本来の目的から離れているということです。イエスが共にいるということは、弟子達はイエスから神様について学べていることになり、また彼らも当然安息日を彼らなりに守っていたとはずです。

安息日の目的のために
私たちもパリサイ人のように、勝手に律法を作り、神様の思いを無視してしまうことがあります。このことには充分に気をつけるべきです。神様を礼拝することを大切にすること。一週間の中で一日仕事から離れることを大切にすること。体、心を休めることを大切にすること。これらのことを各自がもう一度考えるべきです。あなたにとっての安息日はいつでしょうか。多くの人がこの礼拝がもたれる日曜日を安息日にしていると思います。今日、イエスを喜び安息日を楽しみ、感謝しましょう。

New York Japanese Church
ニューヨーク日本語教会
P.O.Box 641, Hartsdale, NY 10530
電話: 914-902-0300 (代表会員)
メール

© 1997-2026 New York Japanese Church. All rights reserved.a


Japanese Christian Fellowship Network

Site hosted by ShowGain.TV