礼拝メッセージ
2006年9月10日

「聞くのに早く、話すのに遅く」
ヤコブの手紙 1章17-27節

今日の聖書箇所はヤコブの手紙からです。ヤコブの手紙は、どのヤコブさんが書いたのか確かではなく、また誰宛に書いているのかも定かではないものです。しかし、この書は他の手紙たちとはちょっと違った部分を強調していて、それだからこそ大切な書になっています。特徴は他の手紙は、イエスキリストによって与えられた福音とは何かということが書かれていて、私達が教理と呼ばれるものを学ぶために重要ですが、この手紙はもうすでに福音を理解しているものが、どのように信仰者として生活するべきかということを強調しています。ですから読み終わった時に、人によっては救いが行ないによって与えられると教えていると勘違いされる方もいますが、やはり丁寧に読んでいけば、救いは神様からの一方的な愛によって与えられることを否定していないことが分ります。

聞くには早く、語るには遅く、怒るには遅いように
もしこれが私達の生活の中で出来ていれば、コミュニケーションがすごく取れ易いでしょう。私達は自分のことを主張したくなると、相手のことを理解できなくなるというのを何度も体験してはいないでしょうか。私達の人間関係にも必要な言葉ですが、私達と神様との関係にも必要な言葉です。私達は神様からよく聞くこと。その一つとして、キリストによって与えられた救いの道を一心に見つめることも必要です。(25節)神様の前には私達は知恵のない者なので、神様に不平を言うのではなく、感謝を言えるようになろう言うわけです。

聞くだけではなく、行なう人に
神様の言葉を学んだら、そのままにしておくのではなくて、その言葉を実践する人になるように教えています。(22節)これは、ごく当然なことなのですが、なぜ敢えて言わなくてはいけないかというと、私達はこの欺きに引っかかってしまうことが度々あるのです。「自分は神様の言葉を学んでいる。それが正しいことを認めている。」そうすると、あたかも自分はそれを行なっているという勘違いをしてしまうことがあります。私達は決して完全ではなく、神様の国新しい体を持って入るまで、この地上で不完全なまま生きています。常に神様の言葉を学ぶだけではなく、「私の足りなさを教えてください。私の足らない部分を教えてください。神様にあって正しいことは何ですか」と祈りの中で聞きながら生活する必要があります。神様はそんな私達をとがめるのではなく、惜しげもなく私達に神様の知恵を与えてくれます。(5節)

イエス様は怒るのに遅く、語るのに遅くあった時がある
福音書を見れば、イエスは喋りっぱなしです。イエスの行動、言葉を記録したものですから当然です。イエスは神様を伝えに来たのですから当然です。しかし、福音書を読んでいくと分ることですが、この語る作業も大切なものでしたが、イエスの生涯で最も大切な使命は怒るのに遅く口を開かず、十字架に架かることでした。
今日、私たちはキリストにならって誰の話を聞きますか。神様の言葉を聞いて、実行する人になりますか。

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