礼拝メッセージ
2006年10月22日

「大祭司イエス」
ヘブル人への手紙 4章14-16節

大祭司とは
今日の聖書箇所のKey Wordは「大祭司」です。祭司と言うのは、旧約聖書の中に出てくる役職で、神様の前に動物犠牲を行うことが大切な働きで、他にも宗教的な儀式を執り行なう、あるいは監督する人たちで、その中の代表者が一人いて、その人を大祭司と言います。大祭司の特別な働きに、年に一回、贖罪日(しょくざい日)、ユダヤ人の言葉でヨムキッパの日に民全員の代表として、一人で幕屋の中の至聖所と呼ばれる場所に入って、動物犠牲を捧げるというものがあります。これは、神様と人間との間にある罪を動物に被せて、その動物を屠ることを通して、神様が罪を忘れられるというものでした。

動物犠牲の終わり
動物犠牲と言うのは、私たちからすると何か怖いイメージがあると思います。どうして、動物を殺すなんて言う、動物にかわいそうなことをするのだろうと思う人が多いと思います。旧約聖書の時代の人たちにとってみれば、動物は貴重な家畜であり財産でした。彼らにとっても動物を捧げることは十分に犠牲を払うことでした。神様は命の代償として、命を捧げるようにということで、動物を捧げるようにと教えたのです。しかし、この動物犠牲は完全なものではありませんでした。毎年毎年繰り返し行わなくてはいけないものでした。言ってみれば、この動物犠牲の教えは、後に来るイエスの犠牲を教えるための模型でした。イエスが来て、完全な犠牲としてご自身を神様の前に捧げました。そしてその結果、全ての民が全ての罪を赦されることのできる犠牲となったのです。

イエスも人であったから、完全な犠牲になって、また私たちの弱さを知っている
イエスは繰り返しご自分のことを救い主だと言うこと、また神様の子であり、神様と同等の存在だと宣言しています。この方が神様であるなら、全ての存在の基になる方ですから、その方の命は全ての人のための犠牲として十分になります。また人であったので、完全に人の代わりになりました。また、私たちと同じように誘惑を受けていたので、私たちの弱さを知っていて、私たちの側に立ってくださる方でした。

私たちも祭司、イエスは大祭司
イエスを救い主として受け入れた者は、それぞれ祭司になったと言えます。神様との関係を直接持つことができる存在として、動物犠牲を捧げる代わりに、イエスの捧げたイエスご自身という犠牲に思いを寄せて、神様の前に立つことができます。大胆に神様とつながりがある者として神様の前に立つことができます。そしてこれができるのは、イエスが私たちの仲介者であって、この方が完全な犠牲を払ってくれたからです。この犠牲を払うためにイエスがどれだけのことをしてくださったか、そのことに思いを留めてみましょう。

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