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礼拝メッセージ
2006年10月29日
「引き戻される時」
エレミヤ書 31章7-9節
エレミヤ書
今日はエレミヤ書からメッセージをします。エレミヤ書は預言書エレミヤが神様から授かった言葉を集めたものです。この書を理解するためには、まずエレミヤが活躍した時代の背景を理解しなくてはいけません。ダビデ王が天に召されてからイスラエル王国は衰退していき、すぐに北王国と南王国に分裂しました。分裂後から約350年後に完全に国は隣接する国に占領されて、イスラエルの民はバビロンという国に捕囚されてしまいました。エレミヤが神様の言葉を授かってそれを伝えていたのは、この捕囚される約40年まえから、捕囚後の数年間です。神様の約束の民であり、約束の地に住む者達にとって暗い、つらい時代でした。エレミヤを通して神様が伝えようとしたメッセージは「警告」と「回復の約束」です。いつしか神様を忘れてしまった民に対して、「神様を第一にしないので国は力を失い占領されるようになる」という警告と、そうなっても神様は決してこの民を忘れることはなく、神様のもとに引き戻されるということです。
今日の聖書箇所
この箇所は捕囚された民がいずれ約束の地に戻されることを預言しています。
- まず回復される約束があるので喜び、賛美せよと教えています。私たちは約束だけで喜び賛美するのは難しく、実現するのを見てからではないと喜べないものですが、神様は必ず約束を果たすので、喜び、賛美するようにと教えています。
- 次に弱い立場の人も全員その回復の約束にあずかることを言っています。神様は偏らない方で、弱い立場の人も見捨てることはありません。
- そして、神様はこの民にとって父の存在になるという約束があります。神様によって慰められ、その時は苦難の時ではなく、道で言うとまっすぐなつまづかない道ということです。
私たちとどのような関係があるか
- 私たちの人生の中にも時にはこの捕囚の時期のように、苦難の連続のような時があります。神様はそんな時も私たちのことを決して忘れはしません。私たちが神様を忘れたとしても、神様は私たちのことを忘れないので、私たちを引き戻してくださる神様です。
- 捕囚のできごとを、サタンの罠にかかり、あるいは自己中心に生きるという罠にかかり苦しんでいる時期にたとえることもできます。私たちはまず神様を信頼し歩むことを思い出さなくてはいけません。神様は私たちが混乱して、苦難の中を歩むことを望んではいません。私たちに喜びを回復させてくれます。
- 神様は私たちにとって父の存在になってくれます。もともと、私たちの創造者なので、父の存在になるというのは、言い方を変えれば、そもそもあるべき状態に戻ることと言えます。
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