礼拝メッセージ
2007年11月18日

「教会」
コリント人への手紙 第一 12章12-30節

教会は聖人の集まり?
教会は聖人の集まりだけど、聖人の集まりとは程遠い集団に見えるはずです。このなぞなぞのような言葉の意味は以下の通りです。
キリストを受け入れた者の罪を、神様は一方的に赦してくれます。神様は罪ある私たちをまったく罪のない者として、神様の聖なる性質をもった者として扱ってくださいます。ですから罪を認めて、キリストを受け入れた者は全て聖なる人です。私たちがこの地上に生きている限り、キリストを受け入れても、私たちは完全完璧な人間にはなりません。キリストにより私たちは変えられていき、成長していくのですが、私たちが完全完璧に罪のない、聖なる性質を受け継げるのは神の国に入ってからです。ですからクリスチャンはこの地上にいる間は程度の差はあれ、聖なる性質への成長過程にいます。

神様の国って何?
御国(みくに)とか、神の王国とか呼ばれるものです。これは完全に神様が支配する国です。私たちに与えられる永遠の命とは、この地上での生涯を終えた時に私たちのそれぞれの魂がこの国に入り、新しい体を受けて永遠に生きることを意味しています。神様は私たちをイエス様の弟、妹の存在として、つまり神様の子供として迎え入れてくれます。

教会はこの神様の国のミニチュア版のようなもの
地上では人のいる限り、いつの時代もどの場所でも、罪があり混沌としています。そんな中で教会に集まる一人一人が主に自分自身をささげて、主に支配されることを望むのならば、教会は主の支配する集まりになります。

注:神様の支配とは何か
支配という言葉を聞くと、恐れを感じると思いますが、それは普通私たちの世界で支配と言うと、力のある者が自分の思いのままできることを意味していて、ほとんどの場合それは支配している者の益になるようになっているからです。
私たちの神様の支配とは、私たちに仕えてくださる神様の支配です。私たちのために命をかけてくださる方の支配です。普通の支配のイメージは君主が上に立ちます。でも私たちの神様の支配のイメージは主が私たちの下に立ちます。しかもその手足には私たちのために刺し通された釘の跡があります。

今日の聖書箇所から教会について考えると
今日の聖書箇所では教会を人の体にたとえています。私たちはそれぞれ色々な賜物が与えられています。その賜物にしたがって、神様はそれぞれの役目を与えます。それぞれにいいところがあれば、それぞれに弱いところもあります。そこでお互いが助け合い、この地上に神様の国のミニチュア版を作っていきましょう。

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