礼拝メッセージ
2008年2月10日

「受難節の始まり」
マタイの福音書 4章1-11節

この前の水曜日が「灰の水曜日」(英語ではAsh Wednesday)でした。イースターを迎える、3月23日までが受難節になります。神様は私達に喜びを与えてくれる方、平安を与えてくれる方、人生を振り返れば、いつくしみと恵みが満ちているようにしてくださる方です。だからこそ、この受難節という、受難がクローズアップされる時期を大切にしたいと思います。私達を良いもので満たすために、神様が受けた難があります。そして、神様が受けた難に比べれば、たいしたことないのですが、私達も神様と共に難を受けるということを覚える日々です。

マタイ4章1-11節
「石がパンになるように」これに対して、「人はパンだけで生きるのではなく・・・」
私達は目に見えるものに頼りがちで、あれがあれば、これがあればと思うのですが、実はもっとも大切なものは、神様ご自身です。

「下に身を投げてみなさい」これに対して、「主を試みてはならない」
神様は私達を愛していると言った。そして、それを色々な形で表している。それでも、なお神様を試したいのでしょうか。まずは、信じること。今、私たちに与えられているもので、神様を充分に信じることができるはずです。

「これを全部、あなたに差し上げよう」これに対して、「主にだけ仕えよ」
世にある富、名声などは、本来神様から与えられる祝福の一部なのですが、気がつくと、それを過度に欲しくなっていて、神様を礼拝する者という、本来あるべき姿を失ってしまうことがあります。主にだけ仕えよ。これはマタイ6章33節の「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのもの(食物、衣服等)はすべて与えられる」につながります。

イエスでさえ神様との密接な時間を必要として、祈りでかけた
言ってみれば、この地上に生きている限り、私達は日々色々な誘惑と直面しています。その誘惑に負けないためには、どうすればいいのでしょうか。今日の聖書から幾つかアイディアが与えられます。

  1. 聖霊に導かれて、守られる。(1節)
  2. み言葉を蓄えている。
  3. 祈りの時間を持っている。本当に病がいやされているか確認したかった。

この受難節にまず、この三つのことを振り返る時を持ちませんか。時間を作ることは大変ですが、今日からこの受難節の間、祈り聖書を読み、神様に聖霊を与えられることを求める時間を作ってみませんか。
詩編46編10節「やめよ。私こそ神であることを知れ。」

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