礼拝メッセージ
2008年5月18日

「いつも喜びなさいと言うけど」
コリント人への手紙 第二 13章11-13節

今日の聖書箇所はコリント人への手紙の最後の挨拶の部分です。パウロは最後の挨拶に、「こういう風に暮らしてくださいと」、勧めの言葉を贈りました。今日、私達もその勧めの言葉を自分に贈られているものとして読んでみましょう。

愛と平和の神があなたと共にいてくれるために
神があなたと共にいてくれるために、どうすればいいか、その条件が書かれています。私達はイエスを救い主と受け入れた時点で、神様の霊、聖霊は体の中にいてくれます。しかし、私達がふさわしい生活をしていないのならば、聖霊は活発に働いてくださらないのです。

完全な者になる
もちろん、聖書は歴史上完全な者はイエスしかいなかったことを主張しているので、完全な者になれるわけではありません。ここでは、完全になるのを目指して歩みなさいと言いたいのでしょう。常に赦しの福音があることを感謝しつつ、私達は完全な人を目指します。

慰めを受けなさい
私達は時折強がってしまって、神様からの慰めを拒絶してしまうことがあります。神様は私達の弱さを知り、私達を慰めてくださる方です。意識的に慰めを受ける努力が必要なときもあるでしょう。

一つ心になりなさい。平和を保ちなさい
この二つはつながっていますね。一つの心とは、キリストを礼拝するものとして、一つの心になることです。そして、礼拝する心が一つでも、互いに意見の違いがあるわけですが、平和を保つように努力することを教えています。

12節は挨拶の大切さを語っていますね。もちろん、私達は口づけをもっての挨拶はしなくていいはずですが、暖かい挨拶というか、喜ばれる挨拶が必要なんだと思います。
13節は祝福の祈りです。

いつも喜びなさい(口語訳)
11節に出てきた言葉です。私はこの教えの意味を長い間勘違いしていました。神様がいるからどんなつらいことがあっても、それも神様の計画の中にあるのだから喜ぼうという意味だと思っていました。だから私は信仰を保つためには根性が必要だと思っていました。でもそうならば、慰めを受けなさいという言葉はないはずです。喜びなさいは、悲しむこと、落ち込むことがあっても、私の名が天に記されていることを喜ぶことでしょう。(ルカ10章20節) その喜びを私達から奪うものは何もありません。

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