礼拝メッセージ
2009年1月4日

「生ける水について」
ヨハネの福音書 7:37-39

祭りの終わりの日に
ヨハネの7章はユダヤ人の三大祭りの一つである仮庵祭でのことを書いています。ニューヨークに住む私たちには、ロシュハッシャナという名前で知っているものです。ユダヤ人の暦で新年を迎えるものです。イエス様の時代には、この祭りの期間にエルサレムにある池から水を汲んで、それを神殿にもって行っていくというのが、儀式の一つにあったそうです。そこで、この水の話がでてきました。

渇いている人
ここで言う渇いている人は、おそらく神様との関係に渇いている人と言えるでしょう。本来神様との関係に関しては、この地上で生きている限りみんな渇いているはずなのです。どれだけ真面目に聖書を学ぶ者であっても、どれだけ熱心に礼拝に参加する者であっても、神様と完全につながっていることができないので、渇いているはずです。ましてや、神様の言葉に耳を傾けることもなく、礼拝に参加することもなければ、本当はとても渇いているはずです。これは普通の喉の渇きと違って、自覚しないことも多々あります。その渇きを何かでごまかすこともできます。

私の所に来て
イエスは明確に「自分」の所に来なさいと言いました。ここでもイエスが自分のことを救い主だと宣言していたことが分かるはずです。今の私たちの状況で言うと、イエスの所に行くということは、イエスの教えに従うということであって、イエスを礼拝するということでしょう。

飲みなさい
39節とてらしあわせてみると、聖霊を飲むということでしょう。私はこれは求めなくてはいけないと思います。しかも時間をとって求める時間が必要です。祈りの時に、聖霊を与えてくださいと祈る時間を持つことは大切です。

生きた水が川となって流れ出る
聖書で約束していることは、私たちが満たされるだけではなくて、私たちの周りの人もその影響を受けるというものです。川となって流れ出るということは、私たちの渇きが満たされるだけではなくて、周りの人もその影響を受けることを言っているのでしょう。私たちが求めるならば、私たちが満たされてて、周りの人への祝福の基になることができます。

イエスの所に行くこと、聖霊を求めること
今年の目標として、ぜひこのことを心にとめてみてください。イエスの教えを覚えて、それに従うこと。イエスを礼拝する時間を持つこと。そして、祈りの中で聖霊を求めること。

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