礼拝メッセージ
2009年1月25日

「百倍の実を結ぶ」
マタイの福音書 13:1-9

神様のことを聞いた時には、人それぞれの反応があると思います。ひとそれぞれだけではなく、一人の人でも、時によって反応が違うと思います。私達の心がどのような状態なのかが、私達のことを聞いた時の結果を決めます。今日の聖書個所では、神様のことを聞いた時に、私達が百倍の実を結ぶことができることを約束しています。そのことを教えるためにこのたとえ話をしました。

道ばた
これは悟らない人のことです。最初から種とは関係のない、硬くなった土、人がたくさん踏みつける場所です。神様のことを聞いても、最初から私とは関係がないと思っていって、聞く耳をもたないと言う時があります。実はこれはクリスチャンになっている人でも、ある真理を聖書から学んでいても、自分には関係がないと思い込んでいて、そのことに気がつかないでいることがあります。
道ばたというたとえから連想するのは、硬くなった、人に踏まれつづけている場所です。私達も周りの状況に踏まれた状況、つまり苦労していて、心が硬くなってしまう時があると思います。

土の薄い岩地
これはすぐに神様のことを受け入れるが、根をはっていないので、困難があったり、迫害があると信仰をなくしてしまう人このことです。信仰をもちつづけるのは、簡単なことではありません。私達の周りには、たくさんの信仰から遠ざけようとする要因があります。
根をはっている信仰とは何かを考えてみましょう。私はマタイ22:37の「心を尽くして、思いをつくして、知力をつくして、主を愛する」ということにつながると思います。根っこは外からは見えないものです。そのことと比較すると、根は私達の一人の静かな時間にある祈りと、学びの時に成長するのかもしれません。

いばらの中
これは、この世の心遣い、富のまどわしによって信仰が成長しない状況です。周りの人間関係に信仰が左右されたり、贅沢をしたい思いが神様よりも勝ってしまうことは、クリスチャンになってからもありえることです。聖書では二人の主人に仕えることはできない、つまり富と神様両方に仕えることはできないと教えています。

エゼキエル36章26節
神様が私達に新しい心を与えると約束しました。今日の聖書個所の9節では、「耳のある者は聞きなさい」といいました。神様の言葉を聞くことを私達は選ぶことができます。そして、神様に新しい心を与えてくださいと求めることができます。
実を結ぶとは、二つのことが言えると思います。一つは私達の心が神様の言葉、つまり神様の思いで満たされることです。もう一つは私達の周りの人に影響を及ぼすことです。私達の周りの人で同じように神様の思いで満たされる人が出てくるようになります。

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