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礼拝メッセージ
2009年2月8日
「キリストの体が建てられる」
マルコの福音書 9:2-9
今日の聖書箇所に出てくる三人の弟子の目の前でイエスの姿が変わると言う話は、マタイとルカのそれぞれの福音書にも載っているもので、イエスの生涯を語る上で大切な出来事です。
- モーセとエリヤは旧約聖書に出てくる二人の偉大な預言者です。モーセを通して律法が与えられたことと、エリヤを預言者の代表と考えると、旧約聖書とイエスとは深い関係があることを教えています。注目すべき点は、モーセもエリヤもそれぞれの生涯で山で神様に出会うという体験をしています。(出エジプト33:18-22、I列王記19:11-13)
- ペテロ、ヤコブ、ヨハネはイエスの12弟子の中でもいつもイエスのそばにいた弟子です。
- 「これは、私の愛する子である。彼の言うことを聞きなさい。」これは雲の中からの声で、天の神様からの声です。
イエスは旧約聖書で約束されている救い主
この聖書箇所が一番伝えようとしているのは、このことだと思います。イエスは突然現れた神様ではなくて、天地創造の神様が予告してきた救い主だということこそ新約聖書の中心メッセージです。イエスが救い主であることを確証するために、神様は預言者を通して救い主を予告してきて、イエスが現れた時にはこのような出来事も通して確認しました。
受難節の始まり
今週の水曜日から受難節が始まります。今年のイースターは4月12日です。受難節の始まる前の日曜日は毎年このイエスが山の上で変貌する個所を読みます。イエスは受難を受けることをここで明確に確認しています。そして、弟子達にもそのことを予告しています。弟子達は意味を理解できませんでした。幸い私達は意味を明確に教えられています。イエスの受難は私達の身代わりとなるためでした。そして、死はそれで終わるわけではなく、永遠の命の始まりだということを教えるための復活がありました。福音は希望に満ちていますが、そこにはキリストの受難がありました。私達がキリストのように生きることを願うならば、キリストと共に色々な困難があることも確かだと言うことを思い出させます。
山から降りる時
ペテロはあまりの素晴らしさにここにずっといたいと思いましたが、ここで見た素晴らしさはやがて神様の御国についた時に充分味わうものであって、この地上に生きる限り、必ず山を降りる時、神様の素晴らしい臨在の前から出ていってこの地上の色々な悩みに直面しなくてはいけません。その時にこの山の上での経験が生かされるようにするのが、神様の素晴らしさです。
彼の言うことを聞きなさい
イエスの素晴らしを肌で知り、またモーセとエリヤを見たことによって、この地上での死後にある世界を見て、イエスが救い主だと教えられた後、弟子たちは一つの命令を受けました。「彼(イエス)の言うことを聞きなさい。」私達もこの礼拝に集まることによって、神様を学び体験できるようにとします。そしてこの命令をよく聞いてそれぞれ帰りましょう。 |