礼拝メッセージ
2009年7月19日

「休むこと」
マルコの福音書 6:30-34

先々週のメッセージでイエス様が弟子たちを二人一組にして宣教旅行に使わしたことを学びました。弟子たちはそれぞれ神様に導かれて出て行って、いくつもの奇跡を行い、救い主がやってきたことを告げ知らせて、イエスのもとに帰ってきました。今日はその帰ってきてからのお話です。イエスはそれぞれの弟子が旅の疲れのあること、そしてイエスのもとにはひっきりなしに人が訪れてくるので、休むことができないので、弟子たちを気遣って人のいない地域に行って休みを取ることにしました。しかし、実際には人々はイエスが人のいない地域に出て行くのを見てついていってしまい、そこでイエスがお話をして、群集をお腹をすかせて帰すことはできないということで、5千人以上の人にパンを魚を分け与える奇跡の話につながります。

休むこと
聖書ではまず神様が天地創造を6日間で終えて、7日目に休みをとったことから、7日目を安息日として神様を覚えて休むことを教えています。私たちは効率良く仕事をするためにも、休みが必要なのは経験から知っています。ですから、休まなくてはと思うのですが、なかなか休むことができない時があります。イエスはまさにそんな状態の弟子たちのことを思って、休ませることを選びました。

休み方
私たちはどのように休むのでしょうか。休みの日は狂ったように遊ぶ人もいると思います。しかし、それは本来の聖書が教える休み方ではありません。聖書が教える休み方は神様を覚えて礼拝することです。体はなるべく休めることも教えられています。週に一度の教会に集うことは、実はとても大事なことであって、これは神様が教えてくれた、私たちが良い仕事を成し遂げるためにも大切な教えなのです。

イエス様に休みがあったのか
イエスも人から離れて、一人で祈る時間を持っていたことが福音書に書かれています。ですから、イエスも人であったので、聖書的な休む時間を持っていたことは確かです。しかし今日の聖書箇所にもあるように、人の必要を見つけた時は、休むことなく、神様の働きをしていたようです。

羊飼いのいない羊のよう
イエスを追いかけてきた群衆を見て、イエスはそう思ったと書いてあります。群衆は神様に飢え渇いていたようです。神様の言葉は学んだ、救い主が来るという約束も信じている、しかしそれだけでは満足できるものではなく、もっと神様について知りたい、もっと自分たちにとっての救いについて知りたいという思いがあったのでしょう。あなたはそのような飢え渇きを感じたことはありますか。私たちに与えられている約束はすばらしいものです。渇くものは必ず満たされます。もうすでにイエスが救いのわざを完了してくださっているからです。私たちはこの満たされることを通して、休むことができます。
今日、この休みを私たちが体験できるようにというのが、神様が私たちに望んでいることでしょう。参考聖書箇所:マタイ5章6節、ヨハネ7章37-38節

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